普天間基地

『世界一危険な基地』などと言われることがある沖縄県宜野湾市にある普天間基地(普天間飛行場)。この基地に関して、今回は過去に撮影された航空写真からどのような土地に建設されたのか見ていこうと思います。

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現在、普天間基地は街中に位置しこれが原因で騒音や軍用機からの落下、及び墜落といった様々な問題が発生しています。そもそも普天間基地はどのようなところに建設されたのか、今回は建設された1945年前後から現在まで、航空写真から確認していこうと思います。

まず現在の普天間基地周辺の様子です。


今回利用するのは国土地理院のホームページから誰でも見ることができる『地図・空中写真閲覧サービス』です。過去に撮影された航空写真が多く公開されています。

こちらの写真は1944年9月29日、つまり終戦の約1年前に米軍により撮影された航空写真です。国道58号線や県道81号線となった道も確認できます。現在の普天間基地があるところには写真から見る限り細い道があるものの大規模な村や街は確認できず田畑が広がっているように見えます

1944年9月29日

こちらが1945年12月10日、同じく米軍により撮影された普天間基地です。普天間基地はこの年に建設されました。1944年の時点では現在の国道330号線と考えられる跡は黒っぽく映っているものの1945年の時点では道として整備されていることが確認できます。
また現在の我如古付近に村のようなものが確認でき、道路沿いにも何らかの建物が幾つか確認できます。
1945年12月10日

1962年7月3日、普天間基地北部を撮影したもの。画像では左側、現在の喜友名と呼ばれるところに民家のようなものが確認できます。国道330号線沿いにも複数の民家のようなものが確認できます。
1962年7月3日

1970年5月12日。普天間基地に関しては黒く塗りつぶされているのですが左上に国道58号線、右下に330号線、県道34号線沿いに民家が確認できます。ただ、現在のように多くの民家はまた立っていないことが確認できます。
1970年5月12日

▼1977年11月24日。右下に沖縄国際大学(1972年に設置)が確認できます。
1977年11月24日

1984年11月09日
1984年11月09日

1990年10月20日
1990年10月20日

2002年01月12日
2002年01月12日

普天間基地に関してはこのように今のような街のようなものはなく、田畑が多く広がる地域に建設されたことが確認できます。『世界一危険な基地』という表現に関しても、少なくとも建設された1945年当時はそのようなことなく基地が建設されて以降、道路などが整備されたことで家などが立ち並び現在の姿になったものと考えられます。
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