レオーノフ氏_1

ロシアなど海外メディアによると、1965年に世界で初めて宇宙遊泳を行ったアレクセイ・レオーノフ氏が今月11日に85歳で死去したと報じられています。今回は旧ソ連の英雄、アレクセイ・レオーノフ氏について簡単にまとめていこうと思います。

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ロシアメディア『スプートニク』などによるとロシア国営宇宙企業ロスコスモスの発表として現地時間今月11日、アレクセイ・レオーノフ氏がモスクワ市内の軍人病院『Главный военный клинический госпиталь имени Н. Н. Бурденко』で死去したと報じています。レオーノフ氏はいくつかの病気を患っていたとのことなのですが、糖尿病を患っていたと記載がされており合併症などで死亡したものと考えられます。

レオーノフ氏は人類における宇宙開発黎明期、1960年3月にソ連初の有人宇宙飛行士に選抜された20人のうちの1人で同僚としては世界初の有人宇宙飛行を行ったユーリイ・ガガーリンがいます。レオーノフ氏が宇宙に初めて飛び立ったのはそれから5年後の1965年3月18日、パーヴェル・ベリャーエフ氏とボスホート2号に乗り込み12分9秒の世界初となる宇宙遊泳を行いました。

▼宇宙遊泳を行ったレオーノフ氏
レオーノフ氏_2

レオーノフ氏は当時、ベルクート宇宙服を着用し宇宙空間に初めて飛び出したものの予想外に宇宙服が膨張してしまい宇宙船内に戻ることができなくなるという絶体絶命に陥った出来事が有名です。
レオーノフ氏は最後の手段として自ら宇宙服のバルブを緩め空気を出した上でエアロック内に戻ることができました。またこの時、エアロックには足から入り頭のハッチを閉じる必要があったものの、トラブルから足から入る事ができず逆に頭から入ったことでエアロックが一時閉じる事ができなくなったという話も有名です。
また情報の確実性については不明なのですが、宇宙遊泳により仮に宇宙船に帰還できないなど重大な問題が発生した場合はベリャーエフ氏だけでも地球に帰還させるため自殺用の毒を持っていたという話もあるとされています。

宇宙遊泳後の地球への帰還の際にもトラブルが発生しており、帰還するための自動システムが全く作動せずマニュアル操縦で帰還を果たしています。

▼1965年に撮影された写真。左後列にアレクセイ・レオーノフ氏。前列にはガガーリンや世界初の女性宇宙飛行士のテレシコワが写っている
アレクセイ・レオーノフ_1

その後はソビエトの月接近飛行計画及び月着陸飛行計画のメンバーに選抜されている他、1975年にはソユーズ宇宙船に乗り込みアポロ宇宙船とドッキングするというアポロ・ソユーズテスト計画の宇宙飛行士として参加しました。

人生で宇宙に飛び出したのはこの2回に過ぎなかったものの、ソ連の宇宙開発に深く携わった人間の一人であり旧ソ連の国家最高栄誉称号であるソ連邦英雄を2度受賞するという偉業を成し遂げた人物でした。

▼レオーノフ氏の作品
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彼は芸術家でもあったことから宇宙をテーマとした作品を多く描いています。またテレビなどにも積極的に出演していたほか、2003年には第18回世界宇宙飛行士会議で日本に訪れておりこの時に通訳を介することを忘れて熱くそして長く宇宙のことを語っていたことが知られています。この時展示されていた自分の写真に日本語とロシア語で『レオーノフ(レオノフ)』とサインを入れており現在、東京の日本化学未来館に展示されているとのことです。

また、MiG-15に搭乗し墜落し死たガガーリンについても語っています。これまで正確な原因が明らかにされず政治的思惑が絡んだ人為的な事故説などの陰謀論などがあったものの2013年にレオーノフ氏はガガーリンが搭乗したジェット戦闘機MiG-15が10~20m離れたところを飛行していたSu-15の乱気流に巻き込まれ結果墜落したという趣旨の話をしました。これはロシア当局による非公開の事故原因調査報告書に基づくものだとし、Su-15に搭乗していたパイロットの名前を明かさないことを条件に許可されたものだと説明しています。ちなみに相手のパイロットはソ連邦英雄もしくはそれに匹敵するエースパイロットとされています。

▼プーチン大統領とレオーノフ氏。左胸に2つのソ連邦英雄の勲章が確認できる
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