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旧日本海軍の戦艦で知られる伊勢。そんな戦艦に一般家族が住み込んだことがあるそうです。

戦艦伊勢は1945年7月24日の呉軍港空襲とその4日後の米艦載機の攻撃で大破着底。アサヒグラフの記事によると、伊勢はその1年後に解体処分されたそうなのですが、陸揚げされた伊勢の艦橋に戦災で家を失った4世帯が生活を送っていました。
家族らは伊勢の艦橋を『くろがねの館』と呼び、電気や水道が無い僅かな間、戦艦伊勢で戦後を暮らしていたそうです。

NHK 戦争証言アーカイブス 戦後後編第97号 昭和22年 軍艦住宅 呉
「かつての帝国軍艦伊勢。住宅難に弱った西原正三さんという人がそいつを見つけて住み込みました。すばらしい鋼鉄の家です」

伊勢

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アサヒグラフ記事
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戦艦 伊勢

伊勢

今から約98年前、川崎重工業神戸造船所で「第五号戦艦」として起工したのは伊勢型戦艦の1番艦、伊勢です。ミッドウェー海戦で主力空母4隻を失った旧日本軍は伊勢型戦艦を空母に改造することを検討。1942年12月呉工廠で工事が行われ1943年9月、航空戦艦という珍しい戦艦が誕生しました。

しかし、43年10月20日レイテ沖海戦に出撃し10月29日呉に戻り修理が行われた際、射出器を撤去され航空母艦としての機能を失います。その後、北号作戦に参加し1945年2月20日、無傷で呉に戻るも燃料不足と機雷による海上封鎖により移動が困難になりました。呉港外三ツ子島(倉橋島北東)に停泊中、同年7月24日、呉軍港空襲で直撃弾を受けた伊勢は大破。伊勢はこの時日本海軍史最後の戦艦による主砲発射を行っています。伊勢は戦後引きげられスクラップされました。

また、戦後に米軍が撮影した大破した伊勢及び呉軍港のカラー映像が残っており、その一部は呉戦災を記録する会の呉空襲のビデオで閲覧することができます。

伊勢
画像:艦艇写真のデジタル着彩 : 航空戦艦『伊勢』 Battleship-carrier Ise

参考:Twitter / amagi88kanntai,Wikipedia
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