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同じ犯罪を犯したにも関わらず何故か身内だけ優しい処分が出されるというのは常に発生しています。特に公務員など明らかな犯罪行為についてそれが、一般人の感覚とは異常なほど身内に甘い処分が出ることがあるのですが、この身内に対する処分が甘くなることが科学的に証明されました。

この研究はトロント大学の博士課程のレイチェル・フォーブス氏が研究したもので、見知らぬ他人とよく知る身内が非倫理的な行動に出た場合、私達人間は異なる対応にでることが分かったというものです。

We Are More Forgiving When People Close to Us Misbehave - Neuroscience News

研究では1100人を被験者に複数の実験を実施。被験者は家族などパートナー、親しい友人、見知らぬ他人が、例えばチャリティーのため集めたお金を盗むという非倫理的行為(実際は犯罪行為)を行ったという過程の状況で行いました。これらの人が非倫理的な行動をあなた自身が目撃した瞬間を思い出してもらうというのと、更に15日間毎日それを目にしたときに心理的状況などを報告してもらいました。
要はこれらは身内、他人にどのような感情を抱くのか調べるために行った実験です。

法律的、社会的には非倫理的な行動は誰であっても平等に処分を下す必要があります。もちろん「身内には優しく、他人には厳しい処分を下すこと」などいう社則などの規定は入っている企業は皆無と考えられます。
これは「人間としてどのような立場の人間であったとしても非倫理的な行動は平等に扱わなければならない」という感情からきているということになるのですが現実はそうではありません。もちろん今回の研究でも全く異なる状況が見えてきました。

研究に戻ると、今回行われたすべての実験において、非倫理的な行動をした人物が、家族や親しい友人だった場合、それに対する『怒り』『軽蔑』『嫌悪感』が明らかに少ないことを発見しました。そして、その非倫理的な行動は見ず知らずの他人よりも『より道徳的な行為』と評価し、見知らぬ人よりも罰したり批判しませんでした。

しかし、一方でより親しい人が道徳的・倫理的に問題のある行為をした場合、それを評価をした人つまり自分自身に恥ずかしさや罪悪感、困惑を感じ、自分の道徳性を否定的に評価する傾向が見られたことがわかりました。つまり、そのようなことをしている自分に対して違和感や罪の意識、ジレンマを感じているというものです。

記事ではもうちょっと詳しい内容が記載されているのですが、なぜ私達人間は身内に優しく、そこらの他人には厳しい判断を下してしまうのか。そのことまでは指摘していないのですが、このような身内に甘いという心理は「近くにいる他者によって犯された違反を見逃したり、声をかけなかったりする可能性があり、社会の道徳的規範を維持するための危険をもたらします」と指摘しています。

昨今、日本の大手企業で相次ぐ不正検査など何十年も社内で行われていることについて、実はこのような身内に対しては厳しいことが言えないなどの意識が潜在的に働き続けている可能性が考えられます。
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